ようこそ SNJフォーラムへ
議論の素材例 準備第2号
今月の素材は、夏目漱石『硝子戸の中』の文章からの抜粋です。
※夏目漱石『硝子戸の中(うち)』は、
『インターネットの電子図書館、青空文庫』 で読むことができます。
目次
・はじめに〜素材について〜:
・SNJの目指すフォーラムの前提について:
・準備第2号素材:
はじめに〜素材について〜:
今回の素材は夏目漱石『硝子戸の中』の文章からの抜粋です。
健康でない身体とそれでも動く思考とともに生活する『硝子戸の中』のわたし。そんなわたしからガラス戸を境に見える、行きかうひとびとや忙しい世間のできごとが描写されています。
この素材は、SNJフォーラムがめざす議論の重要な方向性を示唆しています。SNJフォーラムの方向性とは、自分と外界との距離を持ちつつ、反省的な姿勢で自分自身や自分をとりまく世界を了解する方法を模索していく、というものです。
SNJの目指すフォーラムの前提について:
わたしたちが構築しようとするフォーラムでは、オンライン上の仮想の場にいるということを最大限に活用したいと思っています。非日常的な空間であるインターネット上で思考するわたしと、現実の生活を実践しているわたしとが行ったり来たりできる場がSNJフォーラムです。ここでの議論は自分の内と外の世界とに少し距離を取りつつ相関的に自分を理解しようとする態度で望むことが求められます。いかにして反省的な対話の過程に参加できるのか?この点を追求していきたいと考えています。
自己理解を通じて自己を超えた他のひとびとや生活する世界を了解していくための学びの方法が議論です。SNJは、この方法としての議論のオンライン上で実践することを目指します。反省的な姿勢をもってフォーラムに参加すること、これがSNJの考える議論の前提(第1の共通のルール)と考えています。
準備第2号素材:
『硝子戸の中』 夏目漱石 角川文庫:1988年5月30日改版より引用
「 ガラス戸の中から外を見渡すと、霜よけをした芭蕉だの、赤い実のなった梅もどきの枝だの、
無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ目につくが、そのほかにこれといって数えたてるほどのものは ほとんど視界にはいってこない。書斎にいるわたしの眼界はきわめて単調でそうしてまたきわめて狭いのである。
そのうえ私は去年の暮れから風邪を引いてほとんど表へ出ずに、毎日このガラス戸の中に
ばかりすわっているので、世間の様子はちっともわからない。心持が悪いから読書もあまりしない。 私はただすわったり寝たりしてその日その日を送っているだけである。
しかしわたしの頭はときどき動く。気分も多少は変わる。 いくら狭い世界の中でも狭いなりに事件が起こってくる。
それから小さいわたしと広い世の中とを隔離しているこのガラス戸の中へ、 ときどき人が入ってくる。それがまた私にとっては思いがけない人で、
わたしの思いがけないことを言ったりする。わたしは興味にみちた目をもって それらの人を迎えたり送ったりしたことさえある。
わたしはそんなものを少し書きつづけてみようかと思う。
(中略)
・・・切り詰められた時間しか自由にできない人たちの軽蔑を冒して書くのである。 去年から欧州では大きな戦争が始まっている。そうしてその戦争がいつ済むとも見当が
つかない模様である。日本でもその戦争の一部分を引き受けた。 それが済むと今度は議会が解散になった。きたるべき総選挙は政治界の人々にとっての
たいせつな問題になっている。米が安くなりすぎた結果農家に金がはいらないので、 どこでも不景気だ不景気だとこぼしている。年中行事でいえば、春の相撲が近くに始ろう
としている。要するに世の中はたいへん多事である。ガラス戸の中にじっとすわっている 私なぞにはちょっと新聞に顔が出せないような気がする。
(中略)・・・自分以外にあまり関係のないつまらぬことを書くのである。」
■議論の素材例−準備号発刊−について
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議論の素材例 準備第1号−はじめに−
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議論の素材例 準備第1号
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